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八幡町界隈 花の歳時記84
ノバラ(野茨)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦

 先号は、晩秋の郊外を彩る野菊(ノコンギク)を紹介した。引き続き今回も、同じような環境に小さな茂みを作り、厳しい冬を迎えようとしている野ばら(ノイバラ)を取り上げてみる。
 バラの仲間には野生バラと園芸バラとがある。そのうち野生のバラは、北半球の温帯から、熱帯にかけて広く分布し、その種類は100種を超す。わが国にも15種の野生種が確認されていて、その代表格がノイバラである。

 野生のバラといえば、ドイツのクラシック音楽「野ばら」が有名。日本でも「わらべは見たり」の歌い出しで親しまれている。

  

 
秋に紅熟する果実 


     童(わらべ)は見たり    野中の薔薇(ばら)
     清らに咲ける         その色愛(め)でつ
     飽かずにながむ                   
     紅(くれない)におう      野中の薔薇

     手折(たおり)で往かん  野中の薔薇
     手折らば手折れ      思い出くさに
     君を刺さん
     紅におう             野中の薔薇


 「野ばら」は、詩人ゲーテが、青年時代に作った詩に、シューベルトが作曲した超豪華な組み合わせによる歌曲である。この曲で歌われる野ばらの正式な名は「くれない匂う」とあるので、ヨーロッパのほぼ全域に分布するカニナ(Rosa canina)とみられる。カニナは英名でdog rose(イヌバラ)といい、花径約5cm、花弁が紅色の野生種で、日本のハマナスに良く似る。

 わが国でのノイバラと文学の関わりは、遠く奈良朝時代に遡る。当時、大伴家持らによって編纂された万葉集に宇万良(うまら)と称する植物が登場しており、この正体がノイバラといわれる。バラの和名は、このウマラがマラに変化し、更に訛ってバラになったとされる。その宇万良を読んだのが次の歌。

 

     道の辺(べ)の宇万良の末(うれ)に這(は)ほ豆のからまる君を別(はか)れか行かむ

     (巻20・4352)

 

 天平勝宝7年(755)2月、防人として筑紫に派遣される東国の農民たちが大阪の難波に集結した際に、ちょうどこの地に兵部省次官という身分で滞在していた大伴家持が、彼らに歌を作らせた。その中から優れた84種を選び、あとで万葉集の巻20に収めている。これがその中の一首で、作者は上総国の農民 丈部鳥(はつかべのとり)。道ばたのノイバラに絡みつくツルマメのように必死にしがみつく妻や子の手を振りほどいて、遠い国へ旅立ってきた東国農民の哀切さがひしひしと感じられる歌である。

 奈良時代の末期になると唐との交流が進み、中国原産の薔薇(そうび)が渡来する。コウシンバラ(Rosa chinensis)という種で、花弁が赤色、香りも高く、たちまち大宮人たちの人気となり、次第にノイバラは忘れ去られて行く。
 こうしたなか、10世紀初頭に編纂された古今和歌集には次の歌が載る。 

 

     我は今朝うひにぞ見つる花の色をあだなるものといふべかりけり (巻10・436)

 

 薔薇という題で詠まれる紀貫之の作。私は今朝はじめて薔薇の花を見たが、実に色っぽく、なまめかしいものだというのが大意。以来、中国産の薔薇は、多くの歌集に詠まれ、枕草子や源氏物語などにも取り上げられるようになる。

 ノイバラ(Rosa multiflora)は、高さ1~3mになるバラ科バラ属の落葉低木。北海道南部以南の日本全土に分布する。日当たりの良い場所を好み、こんもりとした茂みを作る。ノイバラは野に生えるバラのことで、俗名ではなく正式な和名である。
 茎はつる性で数多く分枝し、枝に鉤形の鋭い刺がある。葉は奇数羽状複葉で小葉は、5~7枚、対生に付き葉質は薄く、光沢はない。
 花期は初夏、今年伸びた枝の先に円錐花序を出し、径2cmほどの花を付ける。花弁は5枚、芳香があって昆虫が蜜を求めて集まる。花後、径6mmほどの卵球形の果実となり、秋に紅熟する。漢方ではこの果実を営実(えいじつ)と称し、利尿や解毒に用いる。
 なお、ノイバラの山取り苗は、園芸バラの接木の台に用いられ、一時欧米に輸出されたこともある。

 中国から渡来し薔薇の陰にかくれ、しばらく文学から遠ざかっていたノイバラは江戸初期の俳諧時代の到来とともに再び息を吹き返す。侘(わ)びや寂(さ)びを本旨とする江戸俳句では、ノイバラの持つ野趣や素朴さが尊ばれ、花期は初夏、結実期は晩秋の季題として重用されるようになる。

 時候は外れるが、初夏を季語とする「花茨」の句も数首紹介してみる。

 

     花いばら故郷の路に似たるかな     与謝 蕪村
     路たえて香にせまり咲くいばらかな   与謝 蕪村
     愁ひつつ岡にのぼれば花茨       与謝 蕪村

 

 江戸俳諧の巨匠蕪村は、画家としても知られ、旅に出ることが多かった。その道すがら、路傍に咲く花茨に旅愁を感じ、詠じたのが、これらの句である。 

 

     古里は西も東も茨の花         小林 一茶

 

 蕪村の第一句に類似する句。因に一茶の古里は信州にある。
 一方、ノイバラの果実は、秋が深まると赤く熟し、葉が落ちたあとも枝に残る。この状態を「茨の実」や「野茨の実」といい、晩秋の季語とする。 

 

     茨の実食うて遊ぶ子哀れなり      村上 鬼城
     ほほじろに朝がはじまる茨の実     青柳 志解樹

 

  野茨の成熟した実は、甘くて香りがあり、田舎の子供たちは好んでこれを食べたものである。なお、この実を酒に浸して忍冬酒にすると、目や歯に良く、身を軽くして老いに耐えるといわれる。 

 


  果実を酒に浸して忍冬酒にする

     

     茨の実紅もちこたへ逢ふ日なり     長谷川 かな女
     野茨の実のくれないに月日去る     飯田 龍太

 

 近代俳諧の高名な人たちの句。深い感傷の思いを紅熟した野茨の実に託している。
 

     漁期過ぎ蛸壺まろぶ茨の実        山田 孝子

 

 この句は、ノイバラではなく、テリハノイバラ(Rosa wichuraiana)を詠んだものである。本種は沿海部の砂浜海岸に匍匐性の群落を作る小低木。葉に光沢があり、果実もノイバラより一回り大きい。本県の気仙沼市が自生の北限といわれ、暖地系の植物である。なお、まろぶは転ぶという意である。
 

[仙台市青葉区にて  沼倉撮影] 

 

 
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