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八幡町界隈 花の歳時記88
アブラナ(油菜・菜の花)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦

 

 3月も彼岸に近づくと、春の訪れを感じさせる日が多くなる。日本気象協会は、仙台市の桜の開花予想日を4月10日にしているが、庭の片隅に植えた数株の菜の花は、一足早く黄色の花を綻ばせている。菜の花といえば、次の歌が郷愁をそそる。

 

     朧月夜

            作詞 高野辰之
            作曲 岡野真一

 1.菜の花畑に入日薄れ
  見渡す山の端(は)霞ふかし
  春風そよふく空を見れば
  夕月かかりて にほひ淡し

 2.里わの火影(ほかげ)も森の色も
  田中の小路をたどる人も
  蛙(かはづ)のなくねも かねの色も
  さながら霞める朧月夜

 

 「朧月夜」は、大正3年、旧文部省に採用された尋常小学校の唱歌。以来、検定教科書に変わった現在も、小学校高学年用の音楽教科書に載り、歌い継がれている。詩人高野辰之が、生まれた故郷の信州飯山地方で、小学校の教鞭をとっていた頃に眺めた春宵の菜の花畠を思い浮かべて作ったとされ、詩の各行は、4,4,3,3と正確な拍子を踏む格調の高い曲である。

 

 
小川のほとりに咲く菜の花(アブラナ) 

 

 紋白蝶とともに春の到来を告げる菜の花は、正しい和名をアブラナという。中近東のトルコを中心とする地域が原産地とされ、わが国には、弥生時代に中国大陸経由で渡来したようだ。古事記や万葉集に菘(あとな)と詠まれる植物が本種とみられ、古代から栽培されていたことは間違いない。平安時代の初期に編纂された「延喜式(729年)」には、漢名「蕓薹(うんだい)」の名で、花茎を食する野菜と解説されている。

 

 アブラナ(Brassica rapa)は、アブラナ科の越年生草本。つまり、秋に発芽して越冬したのち、その年の夏までには種子を残して枯れてしまう植物のこと。茎は直立して、高さは60~80cm、葉は互生し、下部の葉の多くは羽裂する。花は頂生して総状花序を作り、花弁は4枚で黄色、中には白色のものもある。属名のBrassicaは、キャベツの意味を持つラテン語といわれる。
 話は変わるが、日常的に食卓でお目にかかるハクサイ、カブ、コマツナ、ノザワナ、キャベツ、ブロッコリーなどは、アブラナを改良した雑種である。利用目的によって、形態的に著しく変化をしているが、いずれも4枚の花弁と6本の雄しべを持ち、その中心部に雌しべを配置する花の構造は共通であり、これがアブラナ科の特徴でもある。
 アブラナの名は、もちろんこの植物の種子から油を搾ったことに由来する。搾油は、室町時代の貞観年間に始まったとされ、主に行火(あんどん)や灯明などの燈火用に使われた。しかし、江戸期に入ると、揚げ物などの調理用にも使われるようになり、人口の増大とともにその需要は増大し、アブラナの栽培面積は広がっていく。
 アブラナ栽培の最盛期は明治10年代で、当時のナタネ油の年間需要量は170万石(1石は約180㍑)を記録する。ところが、この頃、高品質、多収穫のうたい文句でヨーロッパからセイヨウアブラナ(B.napus)が導入される。アブラナとキャベツの雑種とされるこの外来種は、わが国の風土に良く合っていたようで、忽ちにして在来のアブラナに変わってしまう。現在菜の花畑に見られるのは、ほとんどがこの舶来種である。

 

  菜の花や月は東に日は西に         与謝 蕪村

 

 唱歌「朧月夜」の一番の歌詞の趣に良く似た蕪村の名句。安永3年に発表された「春景」に詠まれており、菜の花が一面に咲く東の上空には丸い月が登り、反対の西の空には、大きな日輪が傾いているという、まるで雄大な絵を眺めているような句である。わずか17文字の中に、これだけ大きな春景をまとめ上げる手腕は、蕪村が卓越した画才も備えていたからと思っている。この蕪村の句とよく比較されるのが次の万葉歌。

 

  東(ひんがし)の野に炎(かぎろひ)の立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ(巻1・48)

 

 歌聖といわれる柿本人麻呂の作。軽皇子(草壁皇子の忘れ形見、後の文武天皇)のお供をして、草壁皇子の思い出の地、阿騎野を訪れた際に詠んだ歌で、東方の野には、曙の光のさしそめるのが見え、西を振り返ると月が傾き、あわい光をたたえている、というのが大意。蕪村の句は春宵、人麻呂の歌は曙光を詠み、また、太陽と月の位置は対象的であるが、ともに構想力に優れたスケールの大きい作品といえよう。


  お浸しをコップに活けたら春が来た(アブラナ)

 

 前にも述べたように、江戸時代に入ると菜の花の栽培は急速に進展する。初めは温暖な沿海部を主体に植えられていたが、ナタネ油の需要の増大とともに、信州などの山間地にも植栽地は広まる。眩いほど黄色に輝く菜の花の田園風景は、江戸期の俳人たちの格好の春の季題となり、多数の名句が読まれている。

 

  菜畠に花見がほなる雀かな           松尾 芭蕉
  菜の花の中を浅間のけぶりかな        小林 一茶
  菜の花や昼ひとしきり海の音          与謝 蕪村
  菜の花に春行く水の光かな           黒柳 召波
  菜の花や遊女わけ行く野の稲荷        高桑 闌更

 

 以下は、明治期以降の近代俳句。蕪村の名句「菜の花や月は・・・・」の影響によるものか、夕暮れ時の菜の花を詠む句が多いようだ。

 

  菜の花の暮れてなほある水明かり       長谷川 素逝
  家々や菜の花いろの灯をともし         木下 夕爾
  菜の花や夕映えの顔物を言ふ         中村 草田男
  菜が咲いて鳰(にほ)※も去りにき我も去る  加藤 楸邨
  菜の花に旅の終わりの目を洗ふ        勝又 星津女

※鳰(にほ):カイツブリ

 

[仙台市青葉区にて  山本撮影] 

 

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