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八幡町界隈 花の歳時記94
キキョウ(桔梗)
(株) 宮城環境保全研究所  大柳雄彦

 

  晴れれば猛暑、降れば豪雨の超異常な今年の夏も、二十四気の白露を過ぎるあたりから平常に戻り、ようやく秋の気配がみえてきた。野外の空地にはススキが穂を出し、町内の庭先や露地には、赤、黄、紫の秋の花が咲き始めた。
 万葉の歌人山上憶良は、秋の野に咲く花を指折り数えて
  萩の花尾花葛花なでしこの花女郎花(をみなへし)また藤袴朝貌(あさがほ)の花 (卷8・1538)
と詠み、これが秋の七草(ななくさ)として世に広まった。
 この旋頭歌に詠まれる尾花はススキの古名、他は現在使われる植物の名と同一だが、最後の朝貌だけは問題にされていた。今でいうアサガオは、平安中期に中国から伝わった外来種で、万葉時代には存在しなかった筈だ。そこでこの朝貌の正体は、ということで種々と論議されてきたが、結局は、わが国最古の漢和辞典「新撰字鏡(901年)」に「桔梗、阿佐加保」と漢名に和訓が副えてあることを根拠として、キキョウとする説に傾いている。そうなれば憶良の歌の後半は、「女郎花また藤袴桔梗の花」が正しいということになる。
 万葉集に朝貌を詠む歌は5首あるが、そのすべてを桔梗の歌とみなしても、違和感は全くない。次の歌からもそのことは良く分かる。

  朝貌は朝露負いて咲くといへど夕影にこそ咲きまさりけり 

                         (卷10・2104作者不詳)

 

 
庭先にひっそりと咲くキキョウ 

  桔梗の花は朝露をうけて咲くというが、夕方の薄明かり中でこそ一層咲きまさるというのが大意。本物のアサガオは朝に開花するが、夕方には萎んでしまう。従ってこの朝貌を今のアサガオとするには論理的に合わないわけだ。

  万葉集の朝貌が桔梗に変わるのは平安時代に入ってからのこと。桔梗はもともと中国の漢名で、これをキチコウと読んだのが日本名。古今集に「きちこうの花を詠む」の題で紀友則の歌が載る

  秋ちこう野はなりにけり白露のおけるくさばも色かはりゆく

  最初の句の「あきちこう」の中に桔梗の名を詠み込んでいる。このようなことで平安期以降、朝貌は桔梗として定着するが、なかにはこれを信用しない少数派もいるようで、次の歌がある。

  七草にもれし恨みやはれやらぬ露の籬(まがき)の桔梗(きちこう)の花

 近世に入ると桔梗は「キチコウ」の他に「キキョウ」とも読まれるようになる。以下は東北地方にゆかりのある歌人の近代歌。

  かく果つるわが世さびしと泣くは誰ぞしろ桔梗咲く伽藍のうらに  与謝野 晶子
  
  きちこうのむらさきの花萎む時わが身は愛(は)しとおもふかなしみ  斎藤 茂吉

 キキョウ(Platycodon grandiflorum)は、キキョウ科キキョウ属の多年草。
1種1属の植物で、花冠が良く似るホタルブクロやチシマギキョウなどは別属。ついでながらトルコキキョウはリンドウ科のもの。
 北海道から沖縄に至る日本全土に分布し、朝鮮半島や中国北部にも自生する。かつては八幡町周辺の原野にもオミナエシなどとともに見られたが、宅地などに開発され、自生地はほとんど消滅した。野生種は全国的にも少なくなっており、環境省の絶滅危惧種に指定されている。
 地下に多肉質の太い主根があり、茎は直立して高さは40~80㎝、上部で数本に分枝する。葉は互生し、まれに対生するものもあり、葉身は広卵形、裏面は白色を帯び、縁に鋸歯がある。茎や葉に傷をつけると白い乳液が出る。
 開花期は8~9月、茎頭に先端から5裂する青紫色の花を数個つける。花冠の直径は4~6㎝、広鐘形で属名のPlatycodonは、その形状を表すギリシャ語といわれる。蒴果は上を向いて熟し、先端が5裂して種子を周囲に撒布する。古くから庭園に植えられ、また切り花用にも栽培される。
 キキョウの主根はキキョウサポニンという成分を含み、これを水洗いして乾燥させたものを桔梗根とよび、鎮咳、去痰に著効のある漢方として利用される。また、桔梗の花は清和源氏の家紋に用いられ、明智光秀の水色桔梗は良く知られる。「洛中に桔梗の花が三日咲き」は、本能寺の変のあとの光秀の三日天下を詠んだ川柳である。

  

 
キキョウと蒴果 

 俳句歳時記では青紫色のひときわ目立つ桔梗の花を秋の季題とし、江戸時代にも多くの句が詠まれている。
  修行者の径(こみち)にめづるききょうかな    与謝野 蕪村
  花桔梗名のみの色を咲きにけり         三浦 樗良
  きりきりしゃんとして咲く桔梗かな        小林 一茶
 蕪村の句の「修行者」には、「すぎょうざ」の振り仮名がついており、当時はそのようによばれていたらしい。一茶の句の「きりきりしゃん」は、かいがいしい状態をあらわす擬態語で桔梗の端正な美しさを讃えた句と思われる。
 以下は近代の作で、まずは蕾を詠む句から紹介する。

  紫のふっとふくらむききょうかな          正岡 子規
  手触れなば裂けむ桔梗の蕾かな         阿波野 青畝

 小さな風船玉のような桔梗の蕾は、内部の雄しべが成熟すると先端から5つに裂けて開花する。その開かんとする気配が鮮やかに感じ取れる句である。

  桔梗やまた雨かへす峠口            飯田 蛇笏
  桔梗やさわやさわやと草の雨          山口 青邨
  桔梗や昼を濡らせる山の雨           森 澄雄

 近世俳壇の巨匠たちの句で、ここでの桔梗は「きちこう」と詠む。雨に濡れる桔梗の花には、なんとなく寂しげな風情がにじむ

  大江山降り出す山に桔梗濃し          山口 青邨
  烈日の美しかりし桔梗かな           中村 汀女
  桔梗一輪馬の匂いの風動く           飯田 龍太

 これらの句の桔梗は「ききょう」と読む。青邨は盛岡市の出身で東京大学工学部の名誉教授でもあった。また、飯田蛇笏の四男が龍太で数年前に亡くなっておられる。
                                                                                                                           [写真は山本撮影] 

 

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