新年になってから寒い日が長く続いたが、さすがに啓蟄を過ぎるあたりから暖かくなり、ようやく春めいてきた。気温は少しづつ上昇し、野鳥の囀りはかまびすしくなり、草木の芽も大分膨らんできた。いつもこの時期になると、枝一杯に花を咲かせるのがサンシュユである。
サンシュユ(Cornus officinalis)は、ミズキ科の落葉小高木で、原産地は中国及び朝鮮半島とされている。我が国には、江戸時代の中期、享保年間に薬用植物として渡来した。春はまだ花の少ない季節に咲くので珍重され、今では薬用よりはむしろ庭園の花木や切り花・活け花用に各地で栽培されている。
和名のサンシュユは、輸入された当時の学識者が、山茱萸の漢名をそのまま音読したもので、これが現在まで標準和名として伝わっている。しかし、山茱萸は、この植物の薬用部分(果実)を指す漢方の生薬名のことで、中国にもこのような名前の植物は存在しない。このようなことから、牧野博士らは、サンシュユの名を「ハルコガネバナ」(春黄金花)に改称すべきであると強調している。因みに、中国では本種を野春桂と称している。
サンシュユは名前の語尾にユの字が二つ続くので、ユの字を一つ省略してサンシュの木と呼ぶ地方が多い。このため、九州の民謡ひえつき節で歌われる、
「庭のサンシュの木 鳴る鈴かけて ヨーオーホイ」
のサンシュと間違われることが多いが、民謡の方はサンショウ(山椒)が正しいようである。
サンシュユは通常6~7mの樹高に育ち、樹形は楕円状になる。樹幹は通直、樹皮は黒褐色で、古くなると不規則な薄片になって剥げ落ちる。小枝は良く繁り、カエデのように対生につく。
花期は早春、宮城県では春分の日の頃から咲き始める。葉の出る前に昨年生じた枝の先に黄色の小花が30~40個散形花序になってつく。同じ時期、黄色に咲くマンサクとは一味違う雅趣に富む花木である。枝と同様、葉も対生に出て、葉身は楕円形、側脈は6~8対あって湾曲しながら水平に走り、ハナミズキの葉と良く似ている。
この花は、後に長さ2cmぐらいの楕円状の腋果となり、紅熟して垂れ下がる。果実には種子が1個入っており、これを取り除き乾燥させたのが漢方の山茱萸で、滋養・疲労回復などの薬用にされる。
俳句では、「山茱萸」を春、[山茱萸の実]を秋の季語としており、多数の句が作られている。
サンシュユは粋人の茶庭に好んで植えられるが、その静寂なたたずまいの中で老人が大きなせきばらいをしている光景なのであろう。
涅槃西風は東海地方の漁師の方言で、陰暦2月15日の涅槃会(ねはんえ)の頃にそよそよと吹く西風のことを言う。サンシュユの花はちょうどこの時期に満開となり、球形の花序が西風にそよぐ。
これは秋の句で、サンシュユの赤く熟したグミのような果実を秋珊瑚と称しており、この実を酒に浸して飲用すると強壮・強精に効能があるといわれている。