7月も残り少ないというのに、まだうっとうしい梅雨が続いている。気象庁の予報によると、今年の梅雨明けは8月にずれこむらしい。この長雨を喜んでいるのが、アジサイである。梅雨入りの頃に咲き始め、梅雨明けに花期を終える。市内北山五山の一つ資福寺は、アジサイ寺として有名だが、八幡町界隈の社寺の境内や一般家庭の路地や庭園にもよく植えられている。花ものの少ない季節に咲くので貴重な存在である。
アジサイは房総半島や伊豆半島などに自生するガクアジサイ(Hydrangea macrophylla)の変種で、鎌倉時代に園芸化されたといわれる。母種のガクアジサイは、ユキノシタ科の落葉低木で、高さはせいぜい2mぐらい。茎は叢生してよく分岐し、葉片は大型で厚質、枝に対生に付く。6月中旬、今年出た枝の先端に多数の両性花をつけ、その周りを4片の装飾花が取り囲む。ガクは額の意で、装飾花が両性花の周囲を額縁状に並ぶことからきた名である。この装飾花は昆虫を誘うための器官で、結実はしない。花序全体は扁平状になり、野趣が感じられるので、これも庭木として植えられている。
変種のアジサイは、基準種のガクアジサイと異なり花はほとんど装飾花で構成される。花序はテマリバナのように球形ないし半球形となり、不稔性である。このアジサイの学名(品種名)がOtaksaであることはよく知られている。江戸末期、日本にやって来たシーボルト*が、長崎出島のオランダ屋敷に駐在していた頃、愛人関係にあった遊女「お滝さん」の名を学名にしたものである。
アジサイもガクアジサイも花の色を変える。初めは白色、その後浅黄、藍、紅と日を追って変化し、ついには褐色で色褪せる。このように花の色が変わることから、七変化や八仙花の異名で呼ばれることもある。
アジサイの花の色の移り変わりは万葉人も観察していたようで、大伴家持は坂上大媛(さかのうえのおほとめ)に次の歌を贈っている。
古来難解とされている歌で、歌中の諸茅や練の村戸が何を意味するかに諸説があって定かでない。しかし、おおよそは、「ものの言えない木でさえも、紫陽花の花は色変わりをする。まして人間であるあなたの心は、すでに私から移り変わってしまったのでしょうか」と相手をなじっている歌にほぼ間違いない。更に敷衍(※言葉を付け加えて詳しく説明すること)すれば、家持はのちに大媛と夫婦になるので、二人が恋愛関係にあった時期にちょっとしたいさかいがあって、その際の痴話喧嘩の歌と解される。
俳句であぢさゐ(紫陽花)は仲夏の季語である。江戸期以降有名な句が多い。
2句目の帷子(かたびら)は麻地で織った薄手の夏向きの衣。浅黄は緑色がかかった薄い藍色のことで、梅雨のひとときの晴れ間に輝くアジサイの花影を詠んだ季節感ある句である。
これらの句は、アジサイの花の色の移り変わりを捉えたもので、特に浅黄色の花の時期が最もアジサイらしいといわれる。
女性的な感覚でアジサイを眺めた近世の秀句といわれる。ただし、このアジサイは、地域的に見てエゾアジサイとするのが妥当である。因みに、本種は本県にもブナ林地帯に広く分布する。