いつかの新聞紙上に「イヌノフグリの植物名は、下品であるから改名すべきだ」という投書が載っていた。植物の名は、花の色や形、茎や葉、果実の形態、匂いや香りなどで命名されていることが多い。茎を折ると強烈な匂いをするヘクソカズラもその一例である。八幡町界隈の空き地や河原を歩いていてもママコノシリヌグイ、ヤブジラミ、ヌスビトハギ、ヘビノネゴザといった非人道的なものや、生理的に嫌悪感を抱かせる植物がたくさん出てくる。一方では、ムラサキシキブ、ヒトリシズカ、オドリコソウ、アケボノソウなどのように優雅な名のついた植物があるというのに、何の因果か人に嫌われる気の毒な名のついた植物には同情の念を禁じ得ない。
イヌノフグリは、ゴマノハグサ科の背丈の低い越年草。花の終わったあとの果実が、小さいながらも二つにくびれ、おまけに毛が生えているところから犬の睾丸に見立てられてついた名である。たしかに、品位のある淑女にとっては呼び難いことかも知れない。
ところで、本物のイヌノフグリは在来種であるが、最近めっきり少なくなっていて、環境省や宮城県のレッドデータブックでは絶滅危惧種に指定されている。かわって増えているのが、オオイヌノフグリとタチイヌノフグリという外来種である。ともに、ヨーロッパ大陸の原産で、明治20年頃、東京都の路地で見つかっているが、今では日本全国の道ばた、庭園、畑地にはびこっている。
オオイヌノフグリの花期は、ツクシやタネツケバナとともに、最も早い。早春の日溜りのなかに、地面を這うように広がる茎の間からコバルトブルーの美しい花が空に向かって一斉に咲く。その花の可憐さに似合わず、繁殖力は旺盛で、踏まれても咲く雑草の強さを備えている。
俳句の世界でイヌノフグリは、字余りを懸念してのことか「犬ふぐり」として詠まれている。もちろん春の季語である。高浜虚子は「犬ふぐり星のまたたく如くなり」と詠じているが、星の瞳に似たこの花の咲く光景を良くあらわしている。また、オオイヌノフグリの花は、朝日を受ける午前中は元気が良く、花弁を大きく広げるが、午後には閉じてしまう。「ひる過ぎの花閉じかかる犬ふぐり」の句がある。
イヌノフグリの改名問題については、以前、果実の形態から「ひようたんぐさ」、また花弁の色彩から「ほしのひとみぐさ」などの提案もあったが、そのものずばりを表現している昔からの名前に人気があり、当分改名の動きは見られない。
【解説】
オオイヌノフグリ Veranica persica (ゴマノハグサ科)
空き地や畑のあぜ道、道ばたなどに生える越年草。タチイヌノフグリとともに日本全国に広く分布する。茎は分枝して地表をはい、上部で斜めに立ち上がる。たまご型の葉は、縁に2~4個の大きな鋸歯をもち、茎の下部では対生してつくが上部では互生する。青紫色の花は、春早くから葉のわきに1個ずつ咲き、うす紫色のイヌノフグリの花よりも濃く鮮やかである。花冠は4裂し、雄しべは2本である。