主に北海道と本州の山野に分布するユリ科の多年草で、四国と九州にはほとんど自生しない。カタクリ(Erythronium japonicum)は春の使者として知られるように、雪国を象徴する植物と考えられる。宮城県では、丘陵帯からブナ帯下部にかけて分布し、太陽の光線がまばらに差し込む山林の林床に群生する。かつては仙台市郊外の雑木林にも大きな群落があちこちで見られたが、今ではほとんど住宅団地などに開発され、その大半は失われてしまった。
カタクリの葉は、花茎の下部に2枚、対になってつく。長い葉柄は地下に深く埋まるため、地上に現れるのはギボウシに似た楕円形の葉身だけである。鮮やかな淡緑色に紫斑があり、これを摘み取って山菜料理をつくる人もいる。
花期は雪が融けて間もない4~5月、高さ15cmほどの花茎を立てて、その先に釣鐘状の花を1個、下向きに咲かせる。花弁は6枚、美しい紅紫色で先端は強くそり返る。草丈の大きさに比べればかなり目立つ大型の花である。往々、白花を見かけることがある。
カタクリを栽培している人から聞いた話では、種子を播いてから花が咲くまでに7年の歳月を要するという。
カタクリは地中の深くに長さ5cmほどの細い円柱状の鱗茎をつくる。この鱗茎を掘り取り、水にさらして精製したのが正真正銘の片栗粉である。良質のデンプンとして高級菓子や料理の材料に使われる。しかし、今ではカタクリの産地が少なくなったことや、それを精製する技術者もいなくなったので、現在市販されている片栗粉のほとんどは、ジャガイモで作ったデンプンである。
カタクリを題材にした古歌として有名なのが次の万葉歌である。ただし、当時はカタカゴ(堅香子)の名でうたわれていた。
「物部」は宮廷に使える文武百官のことで、その数の多いことから「八十」にかかる枕詞として使われる。歌意は、「多くの少女たちが入り乱れて水を汲んでいる。その寺の泉のほとりに咲くカタクリの花の可憐さよ。」というものであろう。この歌は家持が越中の国守であった天平勝宝2年(750年)陰暦3月3日に、現在の高岡市伏木付近で見かけた光景をうたったものである。寒気のまだ厳しい北国の風土の中でようやく春の訪れを見つけた喜びみたいなものが感じ取れる。
話は変わるが、早春、周辺の植物がまだ冬眠状態のうちに、いち早く発芽、成長して短期間のうちに開花・結実を済ませ、まわりの植物が活動し始める頃には姿を消してしまう草本類がある。このような早熟性の植物を早春植物といい、外国でもスプリング・エフェメラル(spring ephemeral: 春の妖精)と呼んでいる。その代表がカタクリで、わずか2ヶ月の生育期間中に、地中の鱗茎に養分を貯蔵して来年の春に備えるのである。ニリンソウ、キクザキイチゲ、ヤマエンゴサクなども同じ早春植物で、いずれも美しい花を咲かせる植物である。