暦の一つの区切りである霜降(※1)を過ぎると、朝夕の冷え込みは厳しさを増し、テレビでは連日、紅葉情報を報じている。鳴子峡や磐司岩は有名であるが、紅葉といえば刈入れを済ませた田の畦や土手に生える草むらにもさまざまな色がつき美しい。多様な草本で構成される雑草群落が霜にあたってかもし出す草色には樹林の紅葉とは一味ちがった風情があり、俳句では草(くさ)紅葉(もみじ)と称し秋の季語にしている。
晩秋の草紅葉のなか、痩身ながら一人毅然として立っているのがワレモコウである。バラ科の植物とは信じがたい小さな集合花を枝先につけ、上に向かって分枝を繰り返し立体的な幾何学模様を画く姿はかなり特徴的である。
ワレモコウは日本各地の向陽の山野に自生する多年草である。根茎は太く横に這い、茎は直立して通常1mを超し、上方で分枝する。根生葉は、羽状複葉で5~11個の小葉がつき、小葉は小さな楕円形で縁に三角状の鋸歯がある。根茎は分枝点に互生につき、上部に行くにつれて少形となる。花期は9~11月、穂状花序は枝の先ごとにつき、長さ1~3cmで直立する。花穂は全体的に紅紫色となり、ごく小さな花が上部から咲き始めて下部に至る。穂状の花は一般に下方から上に向かって咲くものであるが、ワレモコウのように先端から咲き始めるのは希で、このような咲き方を有限花序と呼んでいる。ルーペで観察し、花のように見える4枚は萼片で花弁は退化して存在しない。
ワレモコウは葉に木香(※2)に似た香気があるということで昔は吾木香の字が当てられていた。源氏物語の匂宮(におうみや)巻にもこの字が使われている。ところが近世に入ると秋に咲く紅紫色の花の方に興味が向けられ、吾亦紅の字が多く用いられるようになる。次の句はその事情を良く表わしている。
ワレモコウは中国大陸にも広く分布しており、漢字の本場中国では地(じ)楡(ゆ)と書いている。楡はエルム(ニレ)のことで、ワエレモコウの小葉がアキニレの葉に似ているからといわれる。因みにわが国では、ワレモコウの太い根の部分を地楡と称し、タンニンやサポニンを多量に含むので、止血、解毒、月経不順、切り傷、火傷などの民間薬として用いられる。
昨年、すぎもとまさとが唄う「吾亦紅」が大流行し、大晦日のNHK紅白歌合戦にも登場した。晩秋のワレモコウの花が揺れる山すその墓地で、お盆に来れなかった怠惰を詫びながら、離婚を決意して今後の自分の生き方を亡き母に誓うフォークソング調の歌である。
ワレモコウの花は、格別に美しいものではないが、晩秋の草むらの中で静かに寂しさを漂わせて立つ姿には野趣があり、秋の季題として多くの句が詠まれている。
ワレモコウは詩歌でも多くうたわれているが、若山牧水が、信州の原野で詠んだとされる次の歌がよく知られている。
※1霜降:二十四節気の一つ。今年は10月23日で、ちょうどこの日に札幌で初霜があったとテレビは報じていた。
※2木香:モッコウ(木香)の根を乾燥したもので、芳香と渋味があり健胃剤や香料に用いる。