タイトルの括弧内にある山菅(やますげ)は、ジャノヒゲの古名である。平安時代の初期に編纂された和名抄*1に「麦門冬、和名夜末須気」とあり、麦門冬(ばくもんとう)は漢方の生薬名で、ジャノヒゲの根のことをいうからである。県北の山間部では、今でもこのジャノヒゲを麦門冬と呼ぶ人が多い。
ジャノヒゲ(Ophiopogon japonicus)はユリ科の常緑多年草で北海道南部以南の日本全国に分布する。県内では主として里山地帯の雑木林や植林地の林内にごく普通に自生する。しかもその生育状況は半端なものではなく、恰も緑の絨毯を広げたように林床を覆うことが多い。生育が非常に旺盛な植物で、昔から人家の軒下や庭園に植えられ、最近は公園や街路樹の下草としても植栽されている。
ジャノヒゲの根茎は非常に頑固で、一部がコブ状に脹れている。これを洗って乾燥させたのがいわゆる麦門冬という生薬で、優れた滋養強壮剤として知られ、また女性には母乳の分泌を促進させる効用が著しいといわれる。
葉は根から直接出て叢生する。葉身は幅4mm以下の線形で濃緑色,葉縁に細かい鋸歯がある。現在の和名、蛇の髭はこの束生する葉の状態に由来する。だが、この語源に関しては異論があり、蛇に髭はないので龍の髭とすべきだという人も多い。このようなことからリュウノヒゲは有力な別名となっている。ただし英語ではsnakes beard(蛇のあごひげ)と呼ぶので、ジャノヒゲの方が世界的に通用する。
閑話休題。ジャノヒゲの花は夏の暑い盛りにひっそりと咲く。葉の間から花茎を伸ばし、淡紫色の小さな花を5~6個、下向きに咲かせる。これが後に径6mmほどの球状でコバルト色の種子に成熟する。この種子を床などに落とすと勢いよく弾むので、昔の子供達は、はずみ玉と称し遊び道具に使ったものである。
ジャノヒゲに良く似て葉の幅が5mm以上もあり、葉縁に鋸歯がなく、もっと大型のものをオオバジャノヒゲという。和名抄に分類される麦門冬は、この両者に同じユリ科で近縁のヤブランをも含めた総称とみなされる。
古代の人たちは山菅にかなり関心があったようで、清少納言の枕草子にも記載されているが、万葉集には63首も詠まれている。この中の寄物陳思*2には次の歌がある。
歌中の「山菅の根の」は、からみ合う山菅の根のことで、「ねもころに」を導くための序詞である。したがってこの歌意は、ジャノヒゲの根が絡みあっているように、ねんごろに私はあなたの美しい姿を恋い慕っております、ということ。ジャノヒゲの根の状態を歌にまで読み込んでいるのは、当時漢方の麦門冬がかなり普及していたものと思われる。
俳句の世界ではジャノヒゲよりもリュウノヒゲの呼び名で使われるのが一般的である。歳時記でも「龍の髭の花」を夏の季語としている。
これらの句は、ジャノヒゲの生態や季節感をよく表現している。