今年の東北地方は、梅雨明け宣言のないまま夏が終わり、早くも庭の千草にすだく虫の声が聞こえるようになった。空の色や雲の動きにも秋の気配が感じられ、大陸から張出す高気圧は、爽やかな空気を運んでくれるので、今が一番過ごしやすい季節である。この秋冷えの候は、例年秋の七草を紹介しているので、今回はクズを取り上げることにした。
クズは葛と書き、国字といわれる。クズの語源は明らかではないが、奈良県吉野川流域の中心地国栖(くず)地方で、葛粉を盛んに生産していたことに由来するという説が有力である。葛粉は、クズの太い根茎を掘り取り、これを刻んで水に晒して採取したでんぷんのことをいい、昔から葛根湯が医薬品として有名である。葛粉はこのほか、葛餅、葛饅頭の原料として各地に名物があり、白石市小原では、今でも葛粉を生産している農家がある。
クズは日本全国の山野にごく普通に自生するマメ科のつる植物である。根茎は土壌中の根粒菌と共生し、空気中の窒素を固定する能力があるため、どんな荒地にもまっ先に侵入して根を下ろす。郊外の空地や人工法面、耕作放棄地などにいつの間にか入り込んで繁茂し、大きな群落を作っているのは、よく見かける風景である。戦後のある時期、荒地の緑化植物に適しているということで、わが国のクズがアメリカに輸出されたことがある。ところが現地では、あまりにも増えすぎていまではグリーンスネークとして忌み嫌われている。クズの旺盛な繁殖力は、古代から文学や和歌でも注目されており、万葉集には次の歌が載っている。
眞葛原はクズ群落のこと。初句から第3句までは、馬がクズのつるに足をとられて歩きにくいので、クズ原を憚(はばか)り嫌う意で「はばかる」を序詞として引き出したものである。つまり、「何をはばかって人に伝言などを頼むものですか、自分でやってきて直接言って下されば良いのに」と、気弱い男性の恋人をもどかしく思っている女性上位の歌なのである。
クズのつるは左巻きで、このつるに3枚一組の複葉が互生につく。小葉の直径は15cm内外、ゆがんだ円形をしており、表面は緑色、裏面に白毛が密生して白っぽく見える。この裏側の葉が秋風にそよいで白くたなびくことを「裏身葛の葉」と称し、これも万葉歌など古歌にしばしばうたわれ、清少納言は「葛の風に吹きかへされて裏のいと白く見ゆるおかし」と書き記している。
ところがこの裏身は、その後人の恨みへと転訛してしまい、謡曲などでは、もっぱら「恨み葛の葉」として引用されるようになる。
浄瑠璃集に出てくる大阪府下和泉市信田の森の白狐伝説にまつわる有名な歌である。これによると、大阪住吉あたりに安倍保名という男がいたが、子供がなかったため、愛児を授け給えと信田の森の葛葉明神に願いをかけていた。そして百日満願の日に明神から「近日尋ね行く葛葉姫と契るべし、さすれば玉の如き子を授けられん」とのお告げがあった。はたせるかな美女が訪れてきてそれと同棲し、ついに一子をあげた。その子が後世、陰陽師として有名な安倍清明であった。美女は明神の使いの白狐であったため、清明を生むと元の姿にもどり、この歌を残して姿を消したという物語である。
クズの白い裏側の葉が秋風にひるがえるさまは、著名な俳人達も注目していたようで、次の句が詠まれている。